日常会話が消えた家庭で起きていたこと|親子の認識が静かにズレていった小学校のケース


家では特に問題はないと思っていた。
学校でも大きなトラブルは起きていない。
それでも、あとから振り返ると「確かにサインは出ていた」と言わざるを得ないケースがあります。

今回は、家庭内から日常会話が消えていったことで、親子の認識が少しずつ食い違っていった小学校のケースを紹介します。

本記事について(必ずお読みください)

本記事で紹介する内容は、筆者が小学校教員として実際に関わったケースをもとにしています。
学校現場では、児童の心身の不調や行動の変化が見られた場合、担任一人の判断で対応することはありません。

校内ではケース会議が行われ、管理職・養護教諭・学年担当者に加え、必要に応じてスクールカウンセラー(SC)、スクールソーシャルワーカー(SSW)などの専門職も参加し、家庭状況・学校での様子・これまでの対応を共有したうえで、支援の方向性が検討されます。

本記事は、そうしたケース会議や日常的な関わりの中で得られた知見をもとに構成しています。
なお、特定の児童や家庭が識別されることのないよう、学年や家庭構成、状況の一部は事実の核心を保ったまま変更・再構成しています。

これは誰かを批判するための記録ではありません。
同じ状況にある家庭や支援者が、少し早く気づけるようにするための共有です。

児童Aの家庭で起きていたこと

児童Aは小学5年生。
学校では目立った問題行動もなく、授業中も静かに過ごしていました。

家庭は共働きで、生活は安定しているように見えていました。
保護者の方も学校行事にはきちんと参加し、連絡帳の確認も欠かしません。

ただ、児童Aには一つ特徴がありました。
質問をすると、少し間を置いてからうなずくだけで、言葉で返さないことが多かったのです。

家庭での会話は「業務連絡」だけになっていた

ケース会議の中で共有された家庭の様子は、次のようなものでした。

・朝は「起きて」「時間だよ」
・夜は「宿題終わった?」「明日の準備した?」
・会話は必要最低限の確認のみ

親子で雑談をする時間は、ほとんどなかったそうです。

保護者としては、必要な声かけはしているという感覚でした。
しかし、そこには感情や考えをやり取りする余地がありませんでした。

決定的だった保護者面談でのズレ

はっきりズレが表面化したのは、保護者面談の場でした。

保護者の方は、
「家ではちゃんと勉強しています」
と迷いなく話されました。

一方で、児童Aは学校では課題にほとんど手をつけていませんでした。
問いかけると、目線を落とし、小さく「やってるつもりだった」と答えました。

この時点で、
親の認識と子どもの実態が大きく食い違っていることが明らかになりました。

なぜ、このズレは修正されなかったのか

問題は、嘘をついたことではありません。
日常会話がないため、ズレを修正する機会そのものが失われていたことです。

・どれくらいやっているのか
・どこが難しいのか
・何に困っているのか

こうした話題が、日常の中で一切出ていませんでした。

児童Aにとっては、
説明する場がなく、訂正する経験もなく、
結果として「うなずいてやり過ごす」選択肢しか残らなかったのです。

ケース会議で共有された見立て

ケース会議では、次の点が共有されました。

・家庭に緊張感はないが、余白もない
・会話が評価と確認に偏っている
・感情を言葉にする練習の場が存在しない

誰かが悪いわけではありません。
ただ、家庭内の機能として「日常会話」が欠けていました。

日常会話は、誤解を修正する装置

日常会話は、何かを教えるためのものではありません。
誤解を早い段階で修正するための装置です。

・思っていたのと違った
・実は困っていた
・勘違いしていた

こうしたズレは、雑談の中で自然に調整されます。
それがない家庭では、ズレは静かに蓄積していきます。

このケースから考えられる回避の視点

解決策は、特別なことではありません。

・正解を求めない会話を意図的に入れる
・評価や確認を目的にしない時間を作る
・内容のない話を許容する

短時間でも構いません。
日常会話が戻ることで、認識のズレは修正されやすくなります。

すべてを家庭だけで抱えないために

このケースでは、学校側が早い段階で違和感に気づき、
ケース会議を通じて全体像を共有できたことが支えになりました。

家庭だけ、担任だけで抱え込まないこと。
これも、子どものメンタルケアでは重要な視点です。

この記事の前回にあたる内容はこちらです。
https://shirutera.com/articles/mental/test-before-child-quiet-emotional-expression.html